頭痛専門外来
「頭痛専門外来では」

頭痛外来は、頭痛のないときに受診する

 D  「ダイアリー役に立ちました」、 Aさん2回目の診察 (H23.04.28)
(1) ダイアリーで頭痛の起こるパターンがわかる
(2) 息が出来ないくらいの痛み
(3) まわりに迷惑をかけることが辛い
(4) でも、夫が理解してくれました
(5) 家内の頭痛は病気だと思います
(6) 毎月100錠以上の痛み止め
(7) 脳による痛み調節作用
(8) 片頭痛も混じってます
(9) 脳の痛み調節機能が復活
(10) 頭痛解消作戦、次のステップ
(11) トリプタン、タイミング良く飲めるかな?
(12) 気配がしたら、ドンペリドン(ナウゼリン)



(1) ダイアリーで頭痛の起こるパターンがわかる


36歳女性、主婦、Aさん。
約2ヶ月前に頭痛専門外来を始めて受診した。辛い頭痛が続いていた。最初の診察で医師は頭痛について色々と聞いてくれ、丁寧に診察をしてくれた。Aさんは自分の頭痛の悩みを医師に聞いてもらうのは初めてで、それだけでもうれしくて涙が出そうだった。
 医師は、頭痛を治すには、先ず自分の頭痛をよく知ることが大切なことを強調した。Aさんに頭痛ダイアリーをつけることを勧めた。

 「Aさん、診察室2番にどうぞ」
2ヶ月ぶりだった。医師に呼ばれてAさんは診察室に入る。前回のような緊張感や不安はない。
「Aさん、どうぞ。あっ、今日はご主人もご一緒ですか。それは良かった」
「先生、これ頭痛ダイアリーです」Aさんは嬉しかった。あれほど自分1人で悩んできた頭痛について相談にのってくれる人がいることが安心感にすらなっている。
「わかりにくくてすみません。あまりちゃんと書いてなくて」
医師は手渡された頭痛ダイアリーを開いて、いちべつした後、Aさんに言った。
「いえ、良くわかります」
そして、1ヶ月分の頭痛ダイアリーの2枚分をみて、全体像をつかむのに30秒もかからなかった。

 「2ヶ月分の、頭痛の起こるパターンが良くわかりますね」
「はい、最初の2ヶ月は前と同じようにひどかったんですが、2ヶ月目から少し良い気がします」
「確かに、最初の3〜4週、ことに最初の3週間は頭痛マークが毎日ですね。午前、午後、夜のほとんど1日中。プラス3だったり、プラス1だったり」
「はい、最初に病院に来たときとほとんど同じで、ダイアリーをつけるのも大変でした」
じっとダイアリーを見ていた医師が、はっとしたようにダイアリーの一点を指さした。


(2) 息の出来ないくらいの痛み


 「『息の出来ないくらいの痛み』で、午前中はずっと横になる、とありますね。これは、辛いですね」 
これが、頭痛の辛さの生の声だと医師は思った。こういったメモを見るたびに、医師は緊張感を覚える。この20年間、聞き続けてきた患者さんのうめくような訴えだ。
「はい、時々、そんなひどい辛さの頭痛がきます」
「そういった頭痛、ダイアリーから良くわかります」
医師の言葉に、Aさんも勢い込んで話しを続けた。
「頭痛がひどいときは、部屋を暗くして、タオルをかぶり、静かにして横になっています。無理に動くと気持ちが悪くなり、吐き気がするんです。でも、子供がむずかって仕方のないことも多くて、そんなときは仕方なく主人に早く帰ってもらい、子供の世話をしてもらいます」


(3) まわりに迷惑をかけることが辛い


 「自分の頭痛も辛いんですが、まわりに迷惑かけることがもっと辛いんです。子供の行事とか、旅行とか、皆で一緒に楽しみたいです。でも、またあの頭痛が来たらと不安で、予定が立てられないのです」
聞きながら、医師もうなずいた。医師にとっては、何回も聞いた話である。みんな、自分の人生を犠牲にしていると医師はいつも思う。
「辛いところですね」
「はい、子供や主人に嫌われそうで、情けなくて、自己嫌悪です。あきらめていました」

 「頭痛の時、トリプタン飲んでみました?」医師は話しを進めるように、聞いた。
「はい、最初の週に2回、トリプタン飲んでみました。効かなかったと思います。あれは、強い薬なんですか?」
「強いということではなく、片頭痛のメカニズムをターゲットにした薬で、上手に飲めば良い効果があるはずです」
「片頭痛かなにかわからずに飲んでいたと思います。でも、トリプタンが効かなくて、やはり私はだめかと思いました」


(4) でも、夫がわかってくれました


 「毎日ダイアリーつけていたら、夫がみてくれました。ちょっと嫌だったけど、それが正反対の結果でした」
「ご主人はなんといわれたのですか?」
「おまえのこと、誤解していたって。頭が痛いことはわかっていたから、出来るだけ私に協力した。でも、さすがに、しょっちゅう機嫌が悪かったり、せっかくの旅行の楽しみをぶちこわしたり、嫌な性格だと思っていたそうです」
Aさんの夫は、妻が頭痛の時に苦しんで吐いたり、血の気の引いた青い顔をしているのを何回かみていたので、理解はしているつもりだった。だが、『頭痛で息もつけない』、『話すと頭にひびいいて辛い』、『思考能力が低下』といった妻のダイアリーのメモを見て、改めて妻の頭痛の辛さがわかった。
「大変だね」夫はいった。「頭痛持ちの頭痛は、病気だね。医学がこれだけ進歩したんだから、治す方法があるはずだよ」と、Aさんを励ましてくれた。そして、今日、病院に付き添ってきてくれた。


(5) 家内の頭痛は病気だと思います


 Aさんの夫は、Aさん、あるいは片頭痛のつらさの理解者になっていた。
「結婚以来、時々、片頭痛があるとは言っていました。でも、頭痛のないときはとても活発で、仕事好きで、笑顔が耐えない人です」
「最近、頭痛がひどくなってきたのですか?」医師は夫からの情報も大事だと思った。

「二人目の子供が生まれた頃から、頭痛がひどくなったようです。痛み止めを沢山飲んで頑張っているのがわかりました。でも、ひどいとき、それが片頭痛ですか?その時は人が変わったようになります。生あくびばかりしてみたり、なにかキラキラしたものが見えるといったりしたこともあります。とにかく、不機嫌で話しをしなくなり、頭痛がひどくなると、まさに寝込んでしまいます。ゲーゲー吐くのもそうですが、つわりの最悪の時期に少し似た感じもしました。いずれにしても私にはなにも出来ないのですけれど」
Aさんの夫は、しっかりとAさんの頭痛を観察していた。
「確かに、つわりの時のように、無性になにか食べたくなるともいってました。ただ、妊娠中は頭痛がほとんどなくて、不思議に思っていいました」
「そうです。妊娠中は片頭痛はおこらないのが特徴です」医師は相づちを打った。
「でも先生、家内の頭痛はなにか原因のある病気のような気がします。治療法はないのでしょうか?」


(6) 毎月100錠以上の痛み止め


 「先生、主人の言うとおりです。私も自分の頭痛のことが、ダイアリーをつけてみてだんだんわかってきた気がします」
「どんなところですか?」医師もダイアリーを目で追いながら質問した。
「痛み止めを飲んだときのマークがこれです。1回に2錠づつ飲んでいます」
「最初の1週間は、大体毎日2回づつ飲んでいますね。2錠づつだから、1日4錠。1週間で30錠近く?」
「そうです。この数ヶ月ずっとそうでしたから。毎月100錠以上、痛み止めの薬を飲んでいました。ダイアリーをつけてみて怖くなったんです。先生、こんなに薬を飲んでいて大丈夫ですか」
医師が答える前に夫が口を挟んだ。「どうしてそんなにのんだわけ?」
「だって、痛み止めがだんだん効かなくなって、それでも頭痛がくるので不安だから、頭痛の前から飲んでいた」


(7) 脳による痛み調節作用


 「痛み止めをこれだけ飲むと、脳の痛みの番人は働く余地がなくなり、完全にさぼってしまいますね。外から痛み止めがどんどん入ってきますからね」
「脳に痛みの番人がいるのですか」Aさんの夫は興味を持った。
「脳の痛みの番人というか、脳には『痛み調節作用』があって、片頭痛が始まるのをはばんだり、片頭痛を半日〜2日以内にきちんと終わらせ、その後、脳がすっきり出来るように働きます」
「そういえば20代のころは、片頭痛が辛くても、治まった後は爽快な感じのしたことがあったのを覚えています」Aさんは冷静に思い出していた。
「脳の痛みの番人がさぼるとどうなるのですか?」Aさんの夫が聞いた。
「ますます、痛みが起こりやすくなります。ちょっとしたことでも頭痛が起こりやすくなり、今までは片頭痛が時々だったのに加えで、色々な種類の頭痛が起こって、そのうちに毎日、なんだかわからない頭痛が起こるようになります。痛み止めの飲み過ぎによる頭痛は、朝方によく起こります」


(8) 片頭痛も混じってます


 「そうなのです、毎日頭痛が起こります。昔からの時々の片頭痛とは少し違う頭痛が多い気がします。でも先生、ダイアリーを見ると、最初の1週間にも、昔からの片頭痛が混じっていると思います。この『は』というのは吐き気のことですが、この2日間のプラス3の頭痛は片頭痛だと思います」
「ピンポーン!大発見ですね。この片頭痛の時にトリプタンを飲めば良いわけです」医師はおどけていったが、嬉しそうだった。
「それ、ダイアリーを後で見なおすまでわかりませんでした。先週の頭痛の時に飲んだトリプタンは効いた気がします」
「そう、片頭痛の時に飲んでいますね」

医師にはダイアリーをちょっと見たときからわかっていたことだが、最初の1ヶ月とその後の1ヶ月では頭痛の起こり方のパターンが変化していた。
「先生、1ヶ月を過ぎる頃から頭痛の起こり方が変わってきた気がします。今まで毎日だった頭痛が少しずつ減ってきました。減ったと言っても、最近はまとまってくるようになった感じです。週に1回くらいひどい頭痛がきて2〜3日続く。その代わり、頭痛のない日も出てきたんです」
ダイアリーを指さしながら、Aさんは医師に伝えた。
「おっしゃるとおりです。Aさん、これで第一関門突破ですね。いいですよ」
「と、いうのは?」Aさんも希望がもてる感じがした。
「最近の数ヶ月以上続いた頭痛は、片頭痛とその他の頭痛が混じって毎日の頭痛『慢性連日性頭痛』状態だった。それが、最近の1ヶ月間は、時々の頭痛、それも片頭痛ですね。動くと辛い、吐き気がする」
「そうです、先生」
「もとに戻ってきたんですよ。本来、片頭痛は時々だったのが、毎日の頭痛になってしまった。それが、また戻った、時々の片頭痛にね」
「そういえば、そうですけど」Aさんは確かにそうだと思ったが、不思議だった。


(9) 脳の痛み調節機能が復活


 「Aさんの脳の痛みの番人が元気になったのです。脳の痛み調節機能が復活したということです」医師は解説をはじめた。
「Aさん、寝る前の薬、アミトリプチリン(トリプタノール)半錠は飲んでいました?」
「はい、飲んでいました。もちろん、先生に教えていただいた頭痛体操も毎日していました」
「両方とも、脳のセロトニンという物質を活性化させます」
「先生、薬の説明書には『うつ病にも効く』と書いてあったので、飲むのに少し抵抗がありました」
「アミトリプチリン(トリプタノール)は3〜6錠飲むと脳のセロトニンが沢山増え、うつ病のレセプターに作用します。半錠とか1錠の少量では痛み調節系にだけ作用します。うつ病を治療しているわけではないのです」
「病院を受診する前の状態は、うつ病があるかと思いました」夫がコメントした。
「同じ人が、片頭痛とうつ病の両方持つことはあります。でも、お互いに因果関係があるわけではなく、Aさんもうつ病ではありません」
「そうです。家内はもともと明るくて、活発な正確です」Aさんの夫がフォローしてくれた。


(10) 頭痛解消作戦、次のステップ


 「ダイアリーでも、1ヶ月を過ぎた頃からもとの片頭痛状態ですね。片頭痛が月に4回あって半日〜3日続く。そのうちの1回はトリプタンを飲んで効いたみたいです」
医師は、Aさんが泥沼の慢性連日性頭痛状態から脱したので、このまま気持ちを前向きにして、次の治療のステップに進んでほしいと思った。
「今度は片頭痛が始まったら、早めにトリプタンを飲むようにして下さい」
「先生がいわれたように、片頭痛は体を動かしてひどくなる。体操してひどくなったら、すぐトリプタンをのんでもよいですか?」Aさんは、少し強気になった気がした。
「もちろん。そのとおりです。片頭痛は脳の血管が拡張して、まわりに炎症とむくみが起こります。運動したり、いきんだりして脳の血流が鬱血すると、片頭痛の血管の痛みがひどくなります」
「トリプタンが効くことがわかれば、片頭痛がいつ来ても困らないことになりますね」Aさんの夫は、妻の頭痛が確実に良くなる気がして、Aさん以上に興奮気味だった。


(11) トリプタン、タイミング良く飲めるかな?


 Aさんは少し不安だった。医師のいうように慢性連日性頭痛状態からは抜けだし、これからは片頭痛が来るたびにトリプタンで片頭痛発作を撃退出来れば良いことはわかった。ダイアリーをつけてみて、自分の頭痛がどんなパターンで来るかがつかめそうだし、浴びるように飲んでいた鎮痛薬も減った。
 頭痛体操やアミトリプチリン(トリプタノール)で自分の脳の痛みの番人とやらも再び活動をはじめたらしい。何よりも、ダイアリーのおかげで夫が自分の最大の理解者になってくれたことが本当に嬉しかった。今まで、2人の夜の愛も、気分がすぐれないといって夫を置き去りにしてばかりだった。お返しがしたい。

 「先生、片頭痛が始まってタイミング良くトリプタンを飲むって、考えてみたら上手に出来るか心配です」
「Aさん、あまり深刻に考えないで下さい。片頭痛の気配がしたら、まずドンペリドン(ナウゼリン)を飲むのです。最初の診察の時には、トリプタンとドンペリドンを一緒に飲むようにお話ししました」
「はい、先週の片頭痛の時はそうしました」
「Aさん、片頭痛の気配に気付くことありますよね」
「はい、生あくびが出たり、眠かったり、整理の前のようなこともあります。天気が急に変化したり、デパートの雑踏で疲れたりした後には片頭痛がよくきます」
「気配だけして、実際には頭痛のこないこともありますか?」
「それも、時々あります。でも、たいていは私の感ずる気配は正確です」


(12) 気配がしたら、ドンペリドン(ナウゼリン)


 「それは心強い」医師は、Aさんはうまくやってくれると思った。
「ドンペリドン(ナウゼリン)は胃腸の動きを良くする薬です。片頭痛は発作がくると胃腸の動きが止まって、下手をすると吐き気がしたり、実際に吐いたりします。それでは、トリプタンは効率よく体に吸収されません」
「わかります。片頭痛の時に痛み止めを飲んで、すぐに吐いてしまったことがよくありました」
「片頭痛発作の2〜3日間は、胃腸の動きを良くすることが治療のコツです。ですから、気配がしたらドンペリドン(ナウゼリン)を先ず飲んで下さい。そして、その後の片頭痛の2〜3日間は予防的に1日3回飲み続ける。
 医師は、このドンペリドン作戦をほとんどの患者さんに勧めている。『吐き気止め』と薬の説明書には書いてあるが、吐き気が始まってからではドンペリドン自体も胃腸から吸収されなくなる。

 「今日はトリプタン6回分と、ドンペリドンを少し多めに処方します。今度は1ヶ月後にこれますか?」
「はい、予約をお願いします」
「Aさん、寝る前のアミトリプチリン(トリプタノール)半錠はしばらく続けて下さい。体操もね。これ、新しいダイアリーです、続けて下さい」
「はい、わかりました」Aさんと夫が、声をそろえて答えた。医師は、良いご主人だと、すがすがしい気分がした。
「お大事に、また拝見します」

 病院を出るAさん夫妻は、2人の人生が変わるような気がして嬉しかった。夫は妻の手を強く握った。
「痛い」とAさん。
「痛いのは夫婦の絆」と夫。
2人は、笑いながら病院を後にした。


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